最終話

 

「もう一度行きたいな。ディズニーランド。」
涼子さんが少し考えて言う。

病院の中庭はぽかぽかと暖かくって、木陰に座り込んで涼子さんのお弁当を堪能した身としては眠くなる。
休みに相応しい、晴れた天気。
中庭と言っても病院自慢なだけはあって芝生も綺麗に整えられていて、所々に木陰になるように木が植えられていて。
車椅子の人が散歩をしたりしているのを除けば大学のキャンパスみたいに見えない事も無い。

「うん。行きたいね。」
今度の休みの日にどこに行くかを決めよう。
お弁当の後にそんな話になったのだけれど、
2人で木陰に座っているうちに2人とも眠たくなってしまった。

「匠君はどこに行きたい?」
俺よりも涼子さんの方が眠くなっているみたいで、
口調がゆっくりとしていて今にも眠りこみそうだ。

「うーん。ラーメン食べに行きたい。かな。」
「そんなの匠君だけでもできるじゃあないか。」
ふう。と呆れられる。

そうは言ってもやっぱり病院食は薄味で食べ飽きたし、こってりとしたトンコツでもががっと食べたいのが本音だ。

「じゃあ、夕食は匠君の言う通りラーメンで。チャーシューをつけよう。」
私は卵を付ける。と渋々と言う。肩をこちらにもたれ掛からせて来て、ねむそうだ。
もう会話にはならないかもしれない。

太陽は真上に昇っていて、それだけここは暖かい。
隣をがらがらと杖代わりにカートをおしたお婆さんが通る。
俺達を見て、少し笑った。

「その次のお休みの日には、CD屋に行こう。」
買いたくて待ってたCDがあるんだ。と涼子さんは言った。

そんなの今週一緒に行っちゃえばいい、といいかけた時。

「後、その次のお休みの日は本屋さんに行きたいな。」
眠そうな声で。やっぱりもう、俺の声は聞こえていないみたいだった。

「その次は、あそこに行こう。ええと、昔匠君と行った所。」
まわらない頭で一生懸命考えているように。
話しながら舟を漕いでいて、舟を漕ぎながら首を傾げて。
隣で見ていると寝惚けているのかさっぱりわからない。

「あと、新しく出来た駅前のビル。あと匠君とあそこにも行きたいって思ったんだ。」
「あそこって?」

返事は無い。
ぶつぶつとパッチワークがなんだとか、公園がなんだとか言っている。
口の中で何かを話しながら肩に頭を乗せて来て。

「えーと、じゃあ、結局今週はどうしようか。」
返答には期待しない。
ラーメンを食べる事は決まっているけれど。今決めなくちゃいけないなんてことは全然無いのだし。

「ん?匠君、何か言った?」
急に目を開ける。と思ったらまた、目を閉じてしまう。

「----とりあえず、いっしょに練習をしよう。」

眠そうな涼子さんはむにゃむにゃとした声で、そう言った。
最近練習していないし。と続けると又ぐらぐらと舟を漕いで。

週末の予定はそうやって決まった。

それを聞いたら、なんだか俺まで眠くなってきてしまって芝生の上にゴロンと横になった。
天にむかってまっすぐと吸い込まれるような青空が一面に広がる。

それに合わせて、涼子さんがこてんと一緒に寝転がってくる。
髪の毛がふわりと浮かんで、肩をくすぐった。

図書館で音楽を聴いていた俺に声を掛けて来てくれて。
一緒にいたくて、必死になって勉強をして。

 

確かVan Halenかストーンズ。それともエアロスミスだったっけ。
どこかの本に書いてあった。
「毎日毎日ギターを弾いて、ツアーにでて家に帰る。それを続ける事こそがロックンロールなんだ。」
そう言ってたって。

ロックンローラーにはなれないけれど、続けることが大事なら俺も続けようと思う。
こんなに楽しいのだから今のまま、ずっと側にいて。
最初からそうだ。
俺にとってのロックは図書館で涼子さんに声を掛けられた時に、具体的に始まったのだから。

くいくい。

寝惚けた涼子さんが、俺の袖を引っ張る。
ますます日は昇ってきて、病院の窓がその光を反射する。
もうすぐ木陰じゃなかったらおちおち寝てもいられなくなるかもしれない。

少しだけ涼子さんの頭を動かして木陰の方に移動した。
すいすいと寝ている涼子さんはなんだか満足したネコみたいな顔をして。

うだるように暑くなって、蝉の音が聞こえてきて。
夕立の後に秋が来て、虫の鳴き声を聞いて。
寒くなったら炬燵で猫みたいにまるまって。

吸い込まれそうな青空を見ながら思う。
そうやってずっと続けばいい。
これからやりたい事や、やらなくちゃいけないことは沢山あって。
交通事故に遭ったり、好きな人に悲しい思いをさせてみたり。
ままならないことだって一杯ある。これからだってきっと。

でもずっと続く。

誰かが言ってたみたいな、休日みたいな楽しい毎日。
いつまでもいつまでも幸せに暮らしましたのさって。

そういうロックンロールだ。

終わり