第14話

 

今日はしとしとと嫌な雨が降っていて、病院内の雰囲気もどことなく暗かった。
雨が降っている割にはそれ程冷え込んでもいなくて、もうすぐ春になるのだと思う。
今日は何日だったっけ?椅子に座ってジュースを口に含んで。
今日は匠君と何のお話しをしようかな、などとふと考えた。

「匠君は薄味のほうが良いんだっけ?」
その時私はこたつで何故か緊張している匠君に話しかけた。

「いや、何でも大丈夫だけど。」
涼子さんが作ってくれるなら、なんて言ってきた。

「はっきりとしないな。匠君は。」
そう言って私はエプロンを締めなおす。

ええと、これは何の時だったっけ?首を捻る。
そうだ。初めて匠君の家に料理をしに来た時だった。
匠君がカップラーメンばかり食べているとか聞き捨てならない事を行ったから、匠君を叱ったんだ。

男の子に作る料理は肉じゃがが良いらしいよ。
なんて美紀は適当な事を言っていたけれど、
個人的に唐揚とサラダにでもしようと思って私はその準備をしてきていた。

取り合えず油と包丁俎板その他を用意して。
匠君が殆ど使っていない、という理由で綺麗に保たれている台所をフル活用しなくてはいけない。

「しかし、綺麗な台所だな。匠君。」
綺麗というよりは包丁とやかんしかない。

「でしょ?結構片付け好きなんだよね。」
誉められたとでも思ったのか隣に立っている匠君は自慢げに言ってくる。

「誉めてなどいない。カップラーメンばかりじゃあなくって、色々と作る努力をしなきゃ。」

「ほら、匠君は机の上を拭く。」
向上心にかけている。と私はそう言いながら布巾を投げた。
匠君は素直にはい。とかいって机の上のものをどかして拭いていたと思う。

唐揚を揚げながら野菜を切っている時に後ろを振り向いた時。
匠君は何故だか嬉しそうにちょこんと座って、テレビでは無くて私のほうを見ていた。

「匠君。テレビでも見ていればいいのに。」

匠君はエプロンとスカートの私の格好を見て視線を逸らせたりして、
私はそれが恥ずかしくってTVでも見ていろなんて言ったんだった。
嫌じゃなかったんだけれど、匠君も男の子なんだと思ってちょっとビックリしてしまった。
それ以来スカートはあんまり穿かないようにしたんだっけ。
なんだか少し恥ずかしくて。

同じように後ろを振り返ってみるとドアがあった。
今は壁が白くて床が冷たい部屋が、私の方を見ている。

椅子を少し動かして匠君の横に座る。
そう。それにしてもリノリウムの床というのは冷たいな、と思う。
あの時の匠君の台所のステンレスみたいに。

そんな事より、もう少しこの思考の中に浸っていたかった。
きっとその後は。

「涼子は本当に料理が上手いね。」
そう、その後匠君は頭を撫でてくれながら私を誉めてくれる。

匠君はきっと入ったばかりの会社の仕事が忙しくって。
私は家にいるんだけれどそうやって毎日誉めてくれるから料理も楽しいんだ。
たまに失敗してしまうのだけれど。

何の会社でもいい。
帰りが早くって、一緒に夕ご飯が食べられる会社が良いと私は思う。

きっと美味しそうに食べてくれる。
あの時、油の温度が低くって生焼けだったから食べなくて良いって言ったのに。
匠君は一生懸命食べてくれた。
ご飯も少し水っぽくなってしまっていて。
でもカップラーメンより全然美味しいだなんて失礼な事を言ってきて。

「涼子、こっちにおいで」
料理が終るとそう言って頭を撫でてくれる。
匠君は優しくて、私はいつも少し甘えてしまう。

私はいつもこんな風で口調もこうだし、叱ってばっかりいて煩いと思われているだろうから。
あまり遊びも知らないから料理なんかで喜んでくれるとすごく嬉しかった。

匠君は後輩の癖に、すぐ拗ねてしまって生意気だし、自己管理がなっていないけれど。
私が叱っても優しいからちゃんと聞いてくれる。
ごめんって謝ってくれて、全然喧嘩も出来ない。

そう、たまには遊びにも行ったりして。
ディズニーに行った時みたいに。
あの時は確か私が少し無理を言って一緒にいったんだった。
アトラクションより、ベンチに座って色々お話しをしたのが楽しかった。

帰り際にぬいぐるみが欲しいといったら
少し笑いながら涼子はしようが無いなって言って頭を撫でて買ってくれる。
あの時もそうだった。
ええと、匠君にはちょっと荷が重そうだったから私も半分出して、
匠君と2人のものにしようって言ったんだ。

匠君は買ってくれるって言ったけど、そのときの匠君の財布の中身くらい私は把握していた。
「俺からプレゼントさせてよ。涼子さん。」
だなんて。
でも。すごく可愛くて、嬉しかった。
年上なのに、あんなに喜んでしまったら匠君に変だと思われたかもしれない。

恥ずかしいから、今度買ってもらうときは控えめに喜ぶようにしようと思う。

肩をすくめて。
少し寒い気がする。頭も少し痛い。
雨が降っているからかな。
スカートなんて穿いてこなければ良かった。
涼子だなんて、呼んでもらった事も無いのに。

ふっと気づくと肩を叩かれていて、頭を上げると目の前に婦長のおばさんがいた。
「涼子ちゃん!」
いつものハキハキとした話し方で、私のことを心配そうに見ていた。

「あ、婦長さん。」
首だけを婦長さんのほうに向けて。

「返事が無いんだもの。大丈夫?」
ふう。と溜息をついた後、肩に手を置かれて顔を覗き込まれる。

「うん。ちょっと眠っちゃっただけ。ごめんなさい。」
気づいてみるといつの間にか私は匠君の頭を撫ぜた格好のまんまで、カーテンの外はすっかり暗くなっていた。

匠君のほうに視線を戻す。

「そうだ。そういえば来週、匠君のお父さんがこっちにくるんだって。昨日電話をくれたんだ。」
椅子に座り直して匠君をちょんちょんと突っつきながら話す。
「久しぶりだねえ。ご挨拶しなきゃ。」

「ケーキでも買って来ようか。お母さんは来られないみたいだから、お父さんと、匠君と私の分。」

横で誰かが何かを言っているけど、私には聞こえない。

匠君はたしか、チョコレートのケーキが好きだったから。