第9話

 

「そうか、では家まで来てもらう事にするけれど、匠君はそれで本当に良いのか?」

「うん。送ってもらうだけでもあれなのに迎えに来てもらっちゃ悪いし。」
そんな事気にすることないのにな。と電話の向こうでふう、と涼子さんは溜息をついた。
家まで迎えに来てもらう前に、やる事がある。とは言わなかった。
ローキック対策は兎も角として、こちらとしてはケーキの一つも買っていかなければならない。

「なんか電話の向こう、ざわざわしてるけど。涼子さん忙しいんじゃないの?」

「いや、子供たちがボードゲームなどをして遊んでいるんだ。」
お正月は空手道場と言うより託児所のようなんだ。と言って涼子さんは笑った。

「匠君ちの方は何も音がしないな。」

「ああ、うん。親父はパチンコだし、何より電話、廊下にあるからね。」
とにかく寒かったりする。

「廊下か・・匠君はPHSか携帯電話は買わないのか?」
私も持ってはいないけれど。と続ける。

「うーん。ほら、結構お金掛かっちゃうし、そんなに使用頻度も多くなさそうだしね。」

「美紀などはPHSから携帯に変えたなどといって何回も私に番号を教えてくるのだけどな。」
前の番号にかけてしまったり、メモするのに大変なんだ。と涼子さんは言う。

「へぇ。俺ポケベルは欲しかったけどな。なんとなく。」

「あれははなんだかピリピリと呼び出されるみたいで私は好きじゃないな。」

「はは、涼子さんは、やっぱり携帯も向いてないのかもね。」
そう言うと涼子さんはうーん。でも美紀を見ているといつでも連絡が取れるというのは魅力の一つではあると思うんだ、
と電話向こうで暫く悩んでいた。

 

寒さに震えつつ家の話などをつらつらと話していると突然ゴソゴソッ
という受話器からの異音と共に涼子さんの声がぴたっと途切れた。

続いてなんだか可愛げな声でおねえちゃん誰とお話してるの?なんて声が聞こえてくる。

さらにがたがたん。と言う音と電話越し遠くに涼子さんの触っちゃだめだよ。と言う声。
いつもとは違う言い聞かせるような声で、終ったら遊んであげるからとその声はそう言っている。

電話越しのざりざりとした優しげな声。

「ご、ごめん。匠君。少し子供たちが騒いでいるから電話を切る。」
「あ、うん。じゃあ又明日。涼子さんのお父さんによろしく言ってください。」

うん。と言いながら涼子さんはここでいったん言葉を止めて。
「その、それはそうなんだけれど。・・今日の夜も電話をしても大丈夫かな?」
その、そちらの家の方に変に思われないかな。
と何だか変に気にしたように涼子さんはそう言った。

「も、もちろん!うちは大丈夫だけど、何かあるの?」

歯切れ悪く、涼子さんはごにょごにょと。

涼子さんはこほんと咳をして。
「ん。そうだな。その、なんだ。初詣の時にお互いの気持ちはその、うん。」

「その、あれなのだし。」
ええと、これからはその、
たとえば夜の10時位に電話して、その日にあった事をなにかお話するとか。
元気である事を伝え合うと言うか、なんというか。
少しその、私は変な事を言ってるかもしれないんだけど、なんて自信なさげに言ってくる。

きっと向こうでは、受話器を持って立ち尽くしたまんまだ。
中々こっちが言い出せないようなことを言ってくる涼子さんは、どんな顔で。

結わえ上げた髪の毛はどんなふうに今は揺れているんだろうか、なんて事を少し思った。

「ええと、わかった。じゃあ、夜は俺から電話するよ。10時で良い?」

「う、うん。そうだな。じゃあ、10時にかかって来る電話は私が取るようにしよう。」
少し嬉しそうに。
私から電話を切るのは少しあれだから、匠君から電話を切ってくれないか?
なんて涼子さんはなかなかに乙女チックな事を最後に言ってきた。