第7話

 

「匠君はだらしがない。」
隣に座った涼子さんは眉を顰めてこちらを見てくる。

「な、なんで?」

「お菓子は一口で口に放り込むものだ。こぼれて服についてしまっている。」
よくない。とそう言って俺の袖のあたりをパタパタと叩いて来る。

「スナック菓子はこぼして後でほろうものじゃない?」

「そんな事はない。一口サイズを口に放り込めば汚れない。そうやって齧るからこぼれるんだ。」
そう言って涼子さんはじゃがりこをパキンと器用に半分に折ると口の中に放り込んだ。

帰省ラッシュのど真ん中、運良く自由席に座ることは出来たものの新幹線の中には人がみっちりと詰まっていた。
ワイワイガヤガヤとした浮かれた空気と子供の泣き声とに挟まれながら涼子さんと話す。

「そういえば涼子さんの家はお正月はどんな事してんの?」

「お正月か。元日は家族でゆっくりと過ごすんだけれど、2日は空手道場の子供たちが来て餅つきをするんだ。」

「へえ、涼子さんも搗くの?」

「勿論だ。まあ、最近はついた後焼いたり料理を作ったりする方が忙しいから見ているだけだけどな。」
嬉しいらしく、にこにことしながら涼子さんは話を続ける。
「へえ、いいなあ。じゃあ結構わいわいとした感じのお正月だね。」

「うん。そうだな。年末はおせちなども作らないといけないしな。」
「涼子さんのおせちかあ。」
食べたいなあと言うと嬉しそうににっこりと笑ってなかなか伊達巻が難しいんだ。と黒目がちの瞳を動かしながら得意そうに話す。

「匠君の家はどうなんだ?親戚が集まったりするのか?」
「んー。うちは普通だな。家族で挨拶して、そのくらいかな。もうお年玉ももらえないし、親戚も遠いからね。」
そうか、それは寂しいな。とお茶を持ち上げてこくこくと喉を鳴らして飲みながら涼子さんは言った。

「匠君はあれか?初詣とかには行くのか?」

「うーん・・。まあ、近所の神社にはね。あんまり有名な所には行った事無いなあ。」
昨年は合格祈願に奮発して5000円入れてきたけど。と続ける。

「そうか、私もだ。毎年同じ神社に行っている。」

「まあ、俺は今年は寝正月かな。そういえば涼子さんはいつこっち戻る?」

「・・・匠君はどうするんだ?」

「んー。俺は特に決めてないな。涼子さんと帰ろうかなと思ってたんだけど。」
そう言うとそうか。とほっとしたような顔をして。
じゃあ休み中に電話をする。と言って涼子さんは俺の実家の電話番号を聞いてきた。

騒々しくても駅弁も食べて揺られていれば眠たくもなる。

食事後に少し一眠りした辺りで目を開けると涼子さんはつまらなそうにディスクマンを聞いている所だった。
指でトントンと涼子さんの席に掛かっている俺の裾を弄りながらリズムを取っている。

「そういえば俺の家から涼子さん家ってどのくらいあるんだっけ?」

「匠君起きたのか。」
急に話し掛けるとビックリしたように慌てて手を離しながら言った。

「う-ん。うん。どれくらい寝てた?」
伸びをしながら聞く。

「30分くらいかな。食べてすぐに寝ると牛になるぞ。」
片耳からイヤホンを外しながらちらりとこちらを睨んで涼子さんはそう言ってきた。

「そんな事言ったって。正月は牛になるよ。」
ふわーと伸びをしながら言うと涼子さんは少しむきになった。

「匠君。そんな事では良くない。」

「そんな事言うけどさ、涼子さんだって昨年俺が受験で会った時、ちょっと太ったかもしれないって気にしてたじゃないか。」

まあ涼子さんが自分でそう言ってはいたものの、
外から見てみる分にはいつも通りの格好の良いプロポーションに見えた上に
薄手のセーターの胸にばっかり目が行って全然わからなかったんだけど。
それは言わないでおく。

大体俺は他の大学生に比べてかなり健全な生活をしていると思うのだけれど、それを言うと
「そんな事はない。匠君はだらしがない事が多い。」
と涼子さんにはぴしゃりと言われてしまう。さらには金遣いの荒さまで指摘される始末だ。

自分だって結構食べるの大好きなくせに。ふんだ。と付け足して言い返してやった。

「む、昨年はバンドもやっていなかったしちょっと油断してただけだ。」
過去の事は言うな。と涼子さんは焦ったように続けた。

さらに涼子さんはむーと暫く考えた後、続けてこう言った。
「最近少し思うんだが、匠君は私のことを口うるさいと思ったりしているんじゃないか?」
不満だ。と思っているのではないか。とじゃがりこを持った手を振り回して言う。

「いや、そんな事は無いけど・・じゃ、じゃがりこ飛ぶ・・あ、あぶな・・」

「私は匠君の体の事を考えているんだ。きちんとした生活をしないと、病気になったときに大変なのは匠君なんだ。」
マスカラを少しつけた長い睫毛の奥に光る瞳を揺らせながら言ってくる。

「き、気をつけます。」
涙ぐんだようにも見える涼子さんが、あんまりにも真剣に言うので。
意地を張っていた事を忘れて返事をしてしまう。

それを聞いてうん。良し。と言った後、しかし涼子さんは顔を伏せて考えこんでしまった。

 

少し言い過ぎたかと焦ったが、涼子さんは下を向いたまま微動だにしない。

5分ほど考えた後、イヤホンを外しながらちょっと気にしたような言い辛そうな顔でこちらに向き直る。
眉毛が下がっていて、こういう顔は犬っぽくて可愛かったりするのだけれど、あまりしてくれない。
暫く言いよどんだ後、涼子さんは咳払いをして話し始めた。

「匠君にはこじつけと取られてしまうかもしれないんだが。」
「・・・うん。何?」

「今聞いていたのだが。PILと言うバンドだ。」
「ああ、パブリックイメージリミテッドってプログレだっけ?ピストルズのジョンライドンの。」

やはり音楽話になると盛り上がる俺と涼子さん。

「なかなかいい曲が沢山あるんだ。」

「へえ、聞いた事ないな。ジョンライドンと言えばピストルズだからなあ。チェックしてないや。」
聞いてみると良いと言って涼子さんは頷いている。

「デヴィッド・ボウイだってそうだ。グラム・ロックの立役者だが、
実際はその後のシンプルなロックをやっているほうが長いし、魅力的な曲もたくさんある。
私はPILもデヴィッド・ボウイもどちらも好きなんだ。」

「なるほど、それなんとなくわかるなあ。俺、BOOWYの時より氷室京介の方が好きだもん。
HEATのギターソロなんか痺れるしなぁ。だから氷室イコールBOOWYみたいな捕らえ方をされると寂しくなるな。」

意外とミュージシャンの本質と魅力ってのはずっと追いつづけないとわからないのかもね。と続けた。

それを聞いて涼子さんはぱっと顔を明るくして。

「そうだ。やはり匠君は話が早い。だからだな。
意外と人はその、派手な方にばかり目が行ってじ、実際の重要な魅力にきづかないんだ。
無論表現する方にも努力は求められるのだけれどな。大事なのはこう、なんていうのかな。」

実生活においては例えば、あくまで例えばだが、料理が上手だったりとか、相手の事によく気がついたりだとかそういうことだな。
そこまで一気に言うと涼子さんは横に置いてあったじゃがりこをぱきんと折って。
最後の方はごにょごにょと声を小さくしながら、だから匠君は私が口うるさいとか思ってはいけない。と呟いた。