第6話

 

「むう。」

普段見られない光景なので黙って見守る事にする。
狭い店の中にはざっと見ても50人位の人はいて、見失わないだけで精一杯だ。
その中を涼子さんは悠々と歩く。

「匠君。これは可愛い。」
と言って座り込んでいるドナルドダッグのぬいぐるみを指差す。

先ほどからそうなのだが涼子さんは別段俺に同意を求めているわけではなさそうだった。
というかこちらが付いていかなければたぶん一人でふらふらとさまようのだろう。
上の空と言っていい。

今までの付き合いである程度わかっていたが、涼子さんは可愛いものに目ざとい。
その総本山のような所に来てしまったわけだ。
まさかこんなに引っかかるとは思わなかったが、仕方がないのかもしれない。

ポニーテールにしている髪を揺らしながら実に真面目な顔をして歩いている。

「匠君。見ると良い。蜂蜜を持ってる。」
プーさんのぬいぐるみを指差して言う。

ちなみに俺はロックバージョンのディズニーソング集アルバムを買ってご満悦だったりする。
まあ閉園まで時間はあるし、パレードは綺麗だったしでここからは涼子さんにゆっくり悩んでもらおうと言うものだ。

しばらく観察していると涼子さんはふらふらと大通りに出て行った。
カルガモの子供のように付いていく。

「ここは危険だ。」
店から出ると立ち止まって一人で呟きながら頷いている。
「ずいぶん熱心に見てたね。涼子さん」
そう言うと涼子さんはびくっと肩を震わせた。

「ひ、人聞きの悪い事を言わないで欲しい。」

「いや、、そうはいうけど今まで」

「そ。そんなことはない。今だって匠君がいつまでもお店から出ないので私から出てきたんじゃあないか。」

いつになく焦った感じで言ってくる。

うーん。と可愛く悩んでいる涼子さんを見ているといじめるのもいい加減にしておかないと後が怖いかもしれない。

「いや、でもほら可愛いよね。ぬいぐるみも。」

「・・・匠君もそう思うか。」
涼子さん本人は気づいていないだろうが、腕をぱたぱたとさせながらすぐに食いついてくる。

「私はいつもドナルドが気になっていたんだが、今日ここに始めて来てみてプーさんも可愛いと気づいたんだ。」

「あ、俺もプーさん好き。」

「匠君と乗ったあのアトラクションもとても面白かった。ドナルドのアトラクションがあるのなら乗ってみたかったな。」
うむうむと頷いている。

すっかり調子が出てきた涼子さんを見て思う。
今日は大混雑でディズニー日和ではなかったかもしれない。
でも今日は晴れてくれて、そして涼子さんはとても楽しそうにしてくれた。

軽くなった財布を握り締めて思う。人形の値段はギリギリと言っても良い。
しかし。
俺だってロックンローラーの端くれならpenniless weekendも上等ってなもんだ。

なんとかはプライスレスってどっかのカード会社も言ってる。
カード持ってないけど。
この時間がプライスレスってんなら俺もカード会社の意見に賛成だ。

「わかった。じゃあ俺からプレゼントさせてよ。涼子さん。」
そう言って店へと引き返す。

え?と言う感じで人ごみの中、呆然としている涼子さんを尻目に涼子さんの見ていたぬいぐるみを持ってレジへと向かう。

値札をもう見てはいけない。Runnin' With The Devilだ。大丈夫。レジに真っ直ぐ差し出せ。

帰省の新幹線代は取ってある。寒さなら耐えられる。死にはしない。

その瞬間、いつの間にかぴったりと後ろについてきた涼子さんに腕を引っ張られた。

「いや、匠君に出してもらわなくてもそれなら私が。」
私の方が年上なのに出してもらう訳にはいかない。と財布を出しながら硬い事を言ってくる。

その手を引っ込めさせなくてはならない。カッコつけさせてよ。

Can't Stop Lovin' Youってなもんなんだぜ?

「えーと、言葉が出てこない。けど俺が買いたいんだ。駄目?」
さて、わかってくれるだろうか。

「駄目だ。匠君はあまりお金を持っていない。」
厳しい声で却下される。

駄目でした。

しかしそう言った後に涼子さんは首筋まで真っ赤に染めて。
コホンと一つ咳払いをして。

「しかし、私の予算も限られているし、匠君の気持ちもうれしい。」

ぬいぐるみを暖かそうに、そして大事そうに抱きしめて。

「匠君がプレゼントしてくれるなら半分ずつ出し合おう。」
そして、二人のものにしよう。そう呟く様に口を動かした。