第3話
「いや、本当助かったよ山口さん。ありがとう。」
ノートとそれを取ったコピーを片手に答える。
「んーん。コピーぐらいだし。掲示板の補講通知見てなかったの?」
「まあ、ちょっと見逃しちゃって。」
頭を掻く。バンドの練習でサボったのだが、補講通知は見なかったことにしておく。
「じゃあ、そういうことで。私行くね。」
「うん。じゃあまた来週。教室で。」
「ばいばーい。」
嘘をついた事に少し罪悪感があったがすぐにこれからの練習の事に心は切り替わった。
手を振ってくる山口さんに手を振りかえし、コピーをとった図書館を背にする。
と、振り返った瞬間に猫のように目を丸くした涼子さんと目が合った。隣には友達の美紀さんがいる。
2人とも手には季節外れのアイスクリームを握っていた。
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「ガンズ・アンド・ローゼスを知っているな。匠君。」
「勿論。当然。」
学校のそばにある喫茶店で対面に座った涼子さんに答える。
ここに連れ込まれ、事の次第を白状させられていた。
なぜだか涼子さんはいつもと違って妙に緊張しきった顔で俺の答えを待っている。
「じゃあ、KISSは知っているか?」
「知ってるに決まってるじゃないか。」
俺の前にはココア、涼子さんの前にはイチゴのショートケーキとコーヒーが湯気を立てていたりする。
「匠君はどう思う?」
「うーん。その2つのバンドって事?」
「そうだ。」
「どれもすごいバンドだよね。」
今日の涼子さんは薄手の黒のセーターに下は細身のジーパンを穿いている。
もともと長い足が細身のズボンのせいでさらにスタイルを際立たせていて、
スカートを穿いてもらいたいなどと言ったりはするのだが、これはこれですごく似合っていたりする。
「それだけか?」
「うーん。涼子さんの意図が掴めないけど・・ジャンルもそれぞれ違うし・・」
「こう、生き方を尊敬しているとか匠君は思っていないか?」
ココアをすすりながら答える。
「そりゃあ、かっこいいなとは思うな。」
それを聞いた途端、ふうーと深くため息をつくと
涼子さんは綺麗な流線型を描く眉尻を下げてなんだかなんともいえないような顔をした。
「コーヒー冷めるよ。涼子さん。」
「そんなことはどうでもいい。」
「それにさっきアイスクリーム食べてたのにケーキ食べたら」
む、と言いながらケーキをぱくつく涼子さん。
「てかいきなり涼子さんにここに連れてこられたけど今日、練習どうするの?」
「匠君は質問が多すぎる。」
「涼子さんもなんか言いたい事が纏まっていない気が・・」
ん、と涼子さんは覚悟を決めたように少し咳払いをした。
「ええとだな。匠君がクラスメイトにそんな、そんな事をされたら私が匠君の勉強の邪魔をしているようじゃないか。」
「え、そんな、あれはもう涼子さんと約束しちゃってから補講通知があったから。」
「それなら練習時間をずらせば良い。音楽ばかりでなく、大学の勉強は非常に大事なんだ。
匠君が疎かにしてクラスメイトに迷惑をかけるようなら、私は匠君と一緒に練習なんて出来ないじゃないか。」
私が匠君に色々と教えてあげなければいけないのにと顔を赤くしながら一生懸命喋っている。
「ご、ごめん。」
と謝ると涼子さんは一度ふうと息をついて続けた。
「それに、それに私には恋人というものがいたことはないが、いるとすればだらしなくない男が良い。」
「え?」
「匠君はガンズとかが好きで、確かにグルーピーがいたり、次々と女性をとっかえひっかえするようなのは、
格好が良いとか思ったりするのかもしれないけれど。」
同じ学科で、私は同じ授業を昨年受けているのだからと小さな声で続ける。
一生懸命喋っていて、怒っているのはわかるのだけれど。
なんだか泣きそうにも見えた。
「ええと、何を言っているんだ私は。とにかく、練習で授業をサボるのは良くない。そういうことだ。今日は帰って勉強すると良い。」
「え、練習中止??」
「元はと言えば匠君が悪い。」
「そっか・・・ちょっと残念。でも俺が悪いしね。じゃあ、帰ろうか?」
「む、匠君は帰ればいい。私はもう少し残っていく。」
「え?じゃあ俺ももう少し」
「いいから、匠君は帰る。」
なんだか焦ったように言う。
「怒ってない?」
「匠君がこれから授業をサボらなければ怒りなどはしない。」
「そっか・・」
確かに涼子さんの言う事は正しくて、
俺は涼子さんと会いたいが為に授業をサボった訳であって言い訳など出来なかった。
自分の分のお金を机の上に置いて鞄を持つ。
「ん、明日は12時からだからな。」
「うん。じゃあ、涼子さんまた明日ね。」
席を後にして店の入り口へと歩き出す。
「ん。・・・・匠君。」
呼び止められる。振り向いた瞬間、涼子さんは目線を逸らして、少し首元を赤く染めて。
ばいばい。と言ってとても似合わない仕草で小さく手を振ってきた。
了