第2話

 

「ちょっと待て。それは違うぞ。その認識は間違っている。」

「そうかなあ。」

「デイブ・ムスティンがメタリカを首になったのはアルコール問題だぞ。実生活がきちんとしていない奴と一緒にやっていく事は出来ない。」

今日何故かいきなり連絡もなしにうちに来た涼子さんはバムバムと机を叩きながら我が事のように主張してくる。
なんだか妙に<実生活がきちんとしていない奴>という部分に力が入っている。

「でもデイブはメガデスで良い曲一杯書いてるだろ?そのまま残っていれば違ったメタリカがあったかもしれないじゃないか。」

今のメタリカもロック色はロック色でいい。
しかしデイブがいればスラッシュメタルとしての色も残った又違うメタリカが見れたのではないかと俺は言いたい訳だ。

「むう、本当にわからずやだな匠君は。ちょっとまて、このお菓子に麦茶は合わない。コーヒーを入れてくる。」

そう言って立ち上がり、玄関横の流しにあるコーヒーメーカーに水を入れる。

「涼子さんコーヒーその戸棚の中」

「そんな事は知っている。」

戸棚の中から粉のコーヒーを取り出し、ザラザラとコーヒーメーカーに入れる。
軽量カップを使わずに美味しいコーヒーを入れるのが涼子さんの特技の一つだった。

「うちの父親が空手道場をやっていると言うのは匠君は知っていたな。」

背筋のピンと張った格好でコーヒーメーカーのスイッチを入れながら言う。

「ああ、なんかおっきな道場だったよね。テレビにもたまに出てる。」

涼子さんの実家の家はかなり和風だと聞いた事がある。

「その父が常々言っていた事がある。」

流しで洗った手を拭きながら戻ってくると又対面に座り込む。

「何さ。」

「大人になったら人の善意に期待してはいけない。誰も注意してはくれないのだから。だから子供のうちに他人に迷惑をかけないすべを学ぶのだと。」

「・・・なるほど。」

「無論、更正を期待しないと言う事ではないぞ。そういう意味ではさっき言った事は失言だった。
私が言いたいのは一つの目標に向って頑張る仲間の中に、そういう人間がいた場合、距離をおかなければならなくなるかもしれないという事だ。」

えらく回りくどい言い方をした後、涼子さんは立ち上がってコーヒーを入れに行った。

「私もメガデスは大好きだ。偉大だとすら思っている。しかしきっと彼がドラッグやアルコールを止め、
ああいう曲を作れるようになる為にはメタリカを首になった事も彼にとっては重要なステップだったはずだ。無論メタリカにとっても。」

「なるほどねえ。うん。それはわかるような気がするな。マーティ・フリードマンと出会わずにメタリカに居たままじゃあまたデイブも違ったかもしれない。」

そうだろうそうだろうとコポコポとコーヒーを入れながら涼子さんは満足そうにポニーテールに纏めた髪を揺らしながら頷いている。

「しかしだ。デイブがメタリカにいた頃に生活態度を改めていて、そのままであったとすれば、匠君も言うように私も見てみたかったな。」

生活態度を改めていてという部分に妙に力を入れたまま涼子さんがコーヒーにミルクと砂糖を入れる。
そんな事をぼんやりと考えていると、コーヒーを机に置いた涼子さんがこほんと軽く咳払いをした。

「それでだ。匠君は最近大学のクラスメイトとの飲み会などにかなり積極的に参加しているようだが、親元を離れたからといってあまり羽目を外すようではよくない。」

ダムッと机を叩きながら実によくないと繰り返す。

「ええ?俺?そんなに遊んでる訳じゃないと思うんだけど。精々月に一回くら」

「回数のことを言っているのではない。時間のことを言っているんだ。」

「でもそんな遅くまで」

「昨日は夜の12時過ぎまで家にいなかったようだな。」

かちゃかちゃと砂糖を入れたコーヒーを掻き混ぜながら被せるように言ってくる。
切れ長の目の中にある黒目が揺れている。不満そうだ。

「それは・・・って涼子さんなんでそんな事しってんの?」

「む。。。そんな事はなんとなくわかる。」

「それにしてはえらく具体的な・・・」

「屁理屈をこねるな。だから私が言いたいのはその、なんだ。」

夜に電話をした時に匠君が出ないのは心臓に悪い。
だからあれだ、人に迷惑をかけないよう、前もって親しい友人には連絡くらいしておくものだ。
と涼子さんは少し俯きながら小さい声で言って、くぴりとコーヒーを口に含んだ。