禁断少女

 

「手伝ってあげようかぁ?」

背後からの言葉に振り向いた。
そこにいたひとりの女性、いや女の子といった感じか。
頭の両脇で団子のように結わえた髪型、セーラー服に短いスカート。
いかにも高校生でございという格好の娘がベッドの上にちょこん。という感じに腰掛けている。

それを見てふう。と息を吐き、声を返す。
「いいよ。別に。」

多分僕は今、凄く嫌な顔をしていたのだろう。
彼女はなによ。という感じに唇を尖らせた。

「なんでよ。」

「だってほら、今忙しいから。」

「5分も掛からないでしょお。精子出す位さあ。」
私超上手いし。そう言って立ち上がる。身長は150Cm 位か。
僕の胸まで位しかない身長を精一杯伸ばすようにしてこっちを睨みつけてくる。

「時間じゃないよ。出すとやる気なくなるんだよ。」
大体15歳位の顔しておいて何言ってるんだお前。
そう言ってあっちへ行けと手を振ると、いかにも不満と云う風にばたばたと手を振り回す。

「よくわかんない。欲求不満なら不満を解消して、それから頑張れば良いじゃん。」

「そういうものじゃないの。」

「だからわかんないって。」

ああもう。
「あのさ、すっごく美味しいパンの味を思い出す時ってどういう時?」

「…何言ってるの君…?」
僕の言葉にはてな。と首を傾げる彼女に再度聞く。

「だからあ。今まで食べたすっごく美味しいものってどう云う時に思い出す?」

「おなかすいたとき。」

「だろ?えっちな文章書くときは欲求不満じゃなきゃ駄目なの。満足してたら書けないだろ?」

そう言うと彼女ははっと身を硬くした。

「ええ…えっちな文章かいてるの君…?」
思いっきりどん引いたという感じに目を細める。

「おいおいナンだよ。何だと思ってたんだよ。」

「勉強とかしてたんじゃないの?だって机に向かってるじゃん。」

「机に向かってるからって勉強しているとは限らないだろ?今は趣味の時間。」

「それにしたってえっちな文章って君。。もうちょっと生産的な事すれば良いじゃない。」

「煩いなあ、ごちゃごちゃ言うなら出ていってくれよ!」
そう怒鳴ってドアを指差すと、ようやく彼女は黙った。

つつつ、と後ろに下がってベッドに腰掛ける。
ふう。と強めに溜息を吐くとびくっと体を振るわせる。

ふう。ふう。と2度ほど溜息を吐いてやってから、再度机に向かった。

ええと、どこまで書いてたっけ。

@@

幸恵はその豊満な肉体をベッドに横たえながら少年に囁いた。
「さあ坊やいらっしゃ」

「君さあ、コアだね。」
いきなり真面目な口調の声が耳元でしたので思わずびくりとなる。
びくりとした自分に腹が立って、思い切りはあ。と溜息を吐いてやった。
思い切り嫌な顔をしながら少女に振り返る。

「煩いなあお前。ちょっとぐらい黙れよもう。」
振り向いたその瞬間、彼女が肩に顎を乗せていたものだから、
あまりにも顔が近くなってしまい慌てて仰け反りながら続ける。

「黙って座ってろよお前。何がコアだよ。大体顎乗せるなお前。それに見るなよ。」
肩に掛かっていた顎を思いっきりどけてやる。
なんだかちょっと女の子のいい匂いを感じてしまったのが逆に悔しい。

「だって幸恵って今時なくない?」

「いいだろ。昭和初期っぽくて。」

「昭和の初期のおばさんって坊やとか言うの?」

「言うかもしれないだろ。おばさんって言うなよお前。幸恵さんって言え。」
そういうとふうん。と言いながら今度は画面を覗き込んでくる。
また女の子の匂いがして、顔を背ける羽目になった。

「ねーどういう話なのさこれ。」

「人の話を聞けよ。」

「いいじゃん教えてよ。どういう話?」

「話を聞いたら帰るか?」

「んーん。」
「んーんじゃねえよ。可愛く首を傾げるな。帰れよ。」
「無理だよ。私禁断少女だもん。」

「ああもう、今度はこっちがわからない番か。何だそれ。」
そう言うと、彼女は薄く笑って、それから小さく呟いた。
「君が満足したら帰るよ。私はそういう存在だからね。」

もうなんだかわけが判らない。
「ああもう、本当に煩いなお前。幸恵っていう未亡人が僕っていう主人公を誘惑する話だよ。
本当に聞きたいのかお前。」
やけっぱちになってそういうと、うんうんと意外と真面目に頷く。
何なんだお前と言うと、禁断少女よ。と呟く。
何だそれ。何だその存在。虫みたいなもん?
そう聞くとそっちが答える番。とぬかしやがった。

@@

「ねーねー。この内容、さ。恥ずかしくない?自作ポエムとかの方がマシじゃない?これ。」
「ねーねー。君のHP見たんだけどさ。パロディ小説に著作権主張?クリエーター気取り?」

嫌になりながら頷く。
「ああそうだよ。文句あるか。」

「まあいいや、それで?」
乗り出す彼女の額を抑える。
「まだ聞きたいのかお前。」

「だって面白いじゃん。旦那さんが帰ってきてどうするの?」
「まだ考えてない。」
僕が幸恵さんに性の手ほどきを受けて、そのあまりの気持ちよさに病みつきになって
幸恵さんの家に入り浸っている最中に漁師の旦那さんが帰ってくるところまで話した訳だけれど
それより先は考えていない。 そう言うと彼女はびっくりした顔をした。

「なんで。」

「思いつかないから。」
そう言うと心底以外という顔をする。
「ええ、お話って全部考えてて、それから書くんじゃないの?」

「そんな訳無いだろ。大抵は大体のアウトラインを決めて、書き出しちゃうもんなんだよ。
だから途中で詰まるの。」
あああ、もう辞めちゃおうかなあ。
そういうと彼女はぐいぐいと僕の頭を揺さぶった。

「そんなのもったいないよ。自分で好きで書いているんでしょ?最後まで考えてあげてよ。」
「痛いなあ。そもそも苦手なんだよ。熟女。」
「苦手って何よ。趣味で書いてるんでしょ。」

「だって熟女と少年で1本書けって言われたんだよ。」

「誰に?」
「読者に。」
「読者あ?」

「俺の文章でも読んでくれる人がいるの。
  そういう人達がリクエストしてくれるから、それに沿ったものを書いてる訳。」


「書きたくないのに?」

「スレッドには空気ってものがあるんだよ。
今は漁師の旦那を持つ熟女が男の子に性の手ほどきをする話が受けるの。」
「スレッドって?」
「ああもう、そういう場所だよ。文章を書く場所。色々お題があってそれに合う話を書く訳。」

ふうん、と呟いて顎に手を当てて暫く考えてから、彼女は言った。
「じゃあ、好きなのを書きなよ。」

何?そういうともう一度繰り返す。
「君の、好きな話を話してみて。」
そう言いながら僕の顔を覗き込んでくる。

「好きな話?読みたいって言われるようなものを書くだけだよ。」
「恥ずかしがらなくてもいいじゃない。誤魔化しちゃ駄目。」
そう言ってにこにこと笑う。

ふう、と溜息を吐く。今度の溜息は軽かった。
「笑うなよ。」
「うん。」
「僕は、お話が書きたいんだ。」
うんうん、続けて続けて。と彼女は頷く。

「読んだ人が楽しかったと思う話。こんなの良いなって思う話、ドキドキする話。
今まで読んだって言うほど本を読んだ訳じゃないけど、いくつかそういう本があって、僕もそんな話が書きたい。」

「良いじゃない。」
話し始めたら言葉がすらすらと出てきた。
「もてなかったけどさ。学生時代に一回だけ付き合ったことがあるんだ。後輩の女の子。」

「うんうん。」
「結局すぐ振られちゃったんだけど。3回くらいかな、デートしたんだ。」
「どこに行ったの?」
「映画館と遊園地、あとは学校帰りに喫茶店に行った。」
「楽しかった?」
「うん。凄く楽しかった。凄く好きだったんだよ。その子の事。本当に、好きだったんだ。
彼女を見るとどきどきとしたし、本当に、広末涼子より可愛いと思った。」

「君は、広末涼子好きだものね。」

「だから、いっつも不安だった。彼女は僕の事を好きだと言うんだけれど、
広末涼子より可愛い彼女が自分の事を本当に好きになる訳なんて無いと思ったんだ。」

「彼女には、君が木村拓哉に見えていたかも知れないのに?」

「…そんな訳無いだろう?全然似てないよ。」
暫く考えてから答えた僕の回答に彼女はしかめっ面をした。

「想像力が無いのは、クリエイターとしては致命的じゃない?」

そう言いながら今度は彼女がふうと溜息を吐く。
「まあいいや。で、君はどういう話を書きたかったの?話の続きを聞かせて。」

「主人公には恋人がいるんだ。そう、僕って言う主人公。」

「うんうん。」

「そして僕は彼女が大好きで、いつも一緒にいたいと思っている。」

「うん。」

「でも、彼女はどんどんと凄いスピードで成長していってしまうんだ。」
「ちょっとちょっと。」
「何?」
「凄いスピードで成長って、何?大きくなるの?年を取るの。」
「うーん…年を取るって言う方が近いかな。」

「なるほど。それで?」
「僕は彼女が大きくなるのに合わせて、僕も大きくなろうとするんだ。でもそれは上手くいかない。彼女はどんどん大きくなって、僕の知らない場所に行ったり、僕の判らない考え方をするようになって、そして僕は彼女が僕の側からいなくなってしまうんじゃないかってとっても不安になる。」

「なんだか、悲しい話だね。」
「だから僕は頑張って成長しようとするんだ。彼女の話している内容を知る為に辞書を引いたり、
彼女が行ってきたという場所に行こうと思って自転車に乗ったりする。
でも彼女の話している内容はとても難しくて辞書にも載っていないし、彼女の行った場所は自転車で行ける様な場所じゃない。」

「だから僕は考える。このままじゃ彼女がいなくなってしまうかもしれない。」
「うん。」
「だから僕は彼女に言わなくちゃいけないって思うんだ。」
「何を?」
「愛しているって。見ているものも違うし、行きたい場所も違うかもしれない。
でも君は広末涼子なんかよりとっても可愛くて、そして僕は君と一緒にいたいと思っている。そう伝えるんだ。」
「そうしたら彼女は何ていうの?」

彼女の質問に、僕は肩を竦めて答えた。
「判らない。まだ考えてないんだ。でもきっと彼女は満足のいく答えを出してくれると思ってる。
彼女は僕の知らない場所を知っていたり、僕の判らない考え方をしたりするからね。」

そこまで言ってから、ふうともう一回溜息をついて、
それから僕は先ほどからずっと気になっていた疑問をふと口にした。

「ところでお前、いったい誰なんだ?」


@@
そう言うと彼女はいまさらだね。と言いながらくすくすと笑った。

「私は…君の希望、かな。そうあって欲しいと思う姿。君の書いている物語と一緒だよ。
君が何かを考えて、そうあって欲しいと思った姿が私。
例えばボクサーの前だと美味しいご飯とか、麻薬をやっている人の前だと注射器とか、そういうものに見えるみたい。」

なんだそれ、と笑うと彼女は自分の姿を見回すみたいにした。

「確かに女の子も多いかな。でもお兄さん、やばいよ。ロリコンじゃないこれ?」
「ほっとけよ。」

わかってるよ。そう言って彼女はまたゆったりとした笑顔を浮かべた。
「こういう話、したかったんでしょう?」
「何?」

「好きな娘と、好きだった娘と、こういう話。自分の好きな事を話して、ほんのちょっと馬鹿にされて、馬鹿にして。
自分がこれが好きなんだ。って話した時に、ばーか。って言われて、でも君の考えた面白くて楽しい話を、聞いて欲しかったんだよね。」

「そういう話、書けば良いじゃない。きっと面白いよ。ちゃんと話してみなよ。
誰かが聞きたい話じゃなくてさ。君が話したい話をきっと聞きたい人がいるよ。」

そう言いながら、彼女は僕の顔に自分の顔を近づけてきた。
高校生の時、唯一本当に心からマジで大好きだったあの娘の顔で。

「君は我慢強いね。普通は私、もっと即物的な存在なんだけれどね。
  でも君はこれが一番欲しいものだったみたいだからこれをあげる。
  君があの時、欲しくて欲しくて仕方なかったもの。」


彼女はずいと僕に体を寄せてきて。
いつの間にか「話を聞いてくれただけで充分だよ。」
という僕の言葉は彼女の唇に塞がれてくぐもったものになってしまっていた。